【旅日記】北秋田の長山探訪ツーリング 2011 その3
2011-09-14記
昨晩の花火大会解散直後からゲリラ豪雨が降り始め、二日目の朝も降ったり止んだりの繰り返し。
花火大会終わるまで持ってくれたのは、灯篭流し供養の余慶でしょうか。
なかなか豪雨が切れないので、まずは徒歩にてある方を訪ねました。
不思議なご縁なのですが、私の母方の祖父の「戦友」が、偶然この町に住んでいたのです。
いまはその方は亡くなられましたが、息子さんが健在でおられます。
私の両親が30年ほど前にこの地を探訪した際、大変お世話になったそうです。
私の両親とちょうど同世代のその息子さんは、嬉しそうに孫の写真を見せてくれました。
祖父や戦友が、もしも出征しなかったら、もしも戦地で偶然出会わなかったら、もしも戦地で戦死していたら、生まれなかったご縁。
「ご縁」という言葉は、日本独自のものだそうですが、つくづく不思議なものですね。
少し雨脚が弱まったので、空の様子を見ながらブロンプトンで前進します。
向かった先は、山の中。
100年くらい前の長山家は、どうやら阿仁鉱山の一角に住んでいたようです。
明治維新によって武士の時代が終わり、代々秋田藩士として暮らした大館に居続ける必要がなくなったのでしょう。職を探して移り住んだのかも知れません。
緩い坂が続きますが、ブロンプトンですーいすい。急坂でもなければ、意外と健脚自転車なんです。
そのまま快調にすーいすい、と思っていたら
バサーーーーーーーッ
ゲリラ豪雨!!(泣)
山中につき雨宿り出来る軒下もそうそう無いため、仕方なく木の下で雨宿り。
なんとか雫の6割位は防御。ふぅ。
次第に雨脚弱まり、さて、止んできたかな・・・?
と思いきや
バサーーーーーーーッ
なかなか勢い衰えず、のんびり構えることにしました(半泣)
水墨画のような景色も、また良しです。
そんなことを繰り返すうちに何とか雨の切れ間が訪れ、再び前進開始。
この辺りは、熊の本場。鉱山跡の洞穴等に、うようよいるらしいです。出てくるなよ~・・・
と思っていたら、
でっ、出たーーー!!
この熊、なんとチェーンソーで彫ってありました!
by北秋田チェーンソーアートクラブ
昨晩のMさんいわく
「チェーンソーで作品作るには、手順を踏めば難しくない。ただ、刃の手入れがとても大事。しっかり研がないと、ぜんぜん切れない」
チェーンソーって、電動パワーでバーッと切るイメージでしたが、刃物のご多分に漏れず研ぎが大事なんですね。
チェーンソーアートの大会もあるらしいです。
登り口から約6km、かつての鉱山跡付近にたどり着きました。
その地の名は
「天狗平」
ホントに天狗が住んでいそうな位に、ただただ森が生い茂っています。
それもそのはず、阿仁鉱山は1978年に閉山となったのです。
かつては金銀胴が産出し、大変な栄華を誇ったそうですが、もともとが山地。
産出が止まって放棄されれば、自然へと還って行くのです。
朝、宿で会ったおばさんの話を思い出しました。
「うちのじいさんは鉱山を持っていて羽振良くてね、屋敷もあったんだよ。いつも刀を差していたんだって。それが女につぎ込んで、鉱山を売る羽目になったそうな。私は、二番目の奥さん筋の孫。本妻に6人、うちのばあさんにも6人子がいた。二番目の奥さんがいなかったら、今の私はいないんだから、不思議なものだよね」
夏草や 兵どもが 夢の跡。
うちのご先祖様は、ここでいったいどんな暮らしをしていたんだろうか。
現代では想像もつかないような、ワイルドな生活だったんだろうなぁ。特に冬は。
冬に、現代装備のウインドブレークジャージ上下やらゴアテックスの合羽上下やらなにやら着込んで訪れましたが、それでも寒い寒い。そんな飛び道具もなく、温暖化なんて言葉も存在しなかったであろう時代の北国の、山の冬。想像を絶します。
また雲行きが怪しくなってきたので、撤収。
仙人が、「よぉ、どこから来なすった?」なんて、ひょっこり出てきそうな雰囲気となりました。
だんだんゲリラ豪雨の間隔が短くなってきたので、自転車はこれで切り上げ。
徒歩で、あるお寺へと向かいます。
そこは、100年前の長山家がお世話になったお寺。
阿仁合へ訪れる度に、ご挨拶に伺っています。
今回のテーマ、高祖父の永治もお寺の過去帳に載っています。
住職さんは大変饒舌な方で、いろいろな話をテンポ良く説いてくださいます。
頻繁に訪れるゲリラ豪雨で、外に出る雰囲気にならないせいもあってか、今回はなんだかやたら良く話が弾みます。
ポンポン話が弾むうちに、なんとひいおばあさんの実家の話がポロリ!
ひいおばあさんの兄の写真まで見つかりました!いやいや、びっくり。
こういうものを見ると、「ひいおばあさんの実家ってホントにあったんだなあ」なんて当たり前のことが、鮮やかな空気感を伴って伝わってきます。
遺影に写る表情は、私の祖父と顔立ちが良く似ていました。やっぱり血が繋がっているんだなあ。
ひいおばあさんの実家は、どんな家族だったんかなあ。
教科書には載らないけど、脈々と続いてきた人間の壮大なドラマに、思いを馳せました。
住職さん、実は大のツール・ド・フランス観戦好き。ご自身は乗らないそうなのですが、よくご存知です。
「リシャール・ヴィランクが好きでね~。ランス・アームストロングは回転でクルクルと。リシャール・ヴィランクはグイグイと。それが熱いんだよぉ!」
おおお!よくわかってらっしゃる!!しかも、ペダリングの姿勢をとりながら力説する姿が、また何とも熱いではないですか。
そんなこんなで話が弾み過ぎてしまい、
「今夜は泊まっていきなさい」
ええ~っまさかのこの展開!?大変恐縮です・・・。
100年後の子孫が、まさかこんな形でお寺にご厄介になろうとは、想像すらしなかったろうなあ。
住職さんの四方山話の中で、怪談がひとつ・・・
「檀家さんが亡くなると、わかる。玄関から足音が入ってきて、位牌堂に上がって行く。男性と女性で足音が違う。一番怖かったのは、ガラッと戸が開く音と「ごめんくださーい」の声。でも玄関を見ても戸は開いていないし、誰もいない。そういうことがあると、15分後位に亡くなった報せの電話が入る」
なんて怖い話を聞いて、ビクビク・・・
することもなく、ぐっすり寝入ってしまいました。寝心地が良かったもので・・・
つづく
長山 靖