【旅日記】北秋田の長山探訪ツーリング 2011 その1
2011-08-26記
私事ですが、長山家は、佐竹氏の治める秋田藩の藩士として、代々秋田県北方の大館に住んでいました。
調べるとまだ多少史料が残っているので、足跡を追うことが出来て面白く、たまに輪行で現地入りして足跡探訪ツーリングをしています。
散らばった足跡を巡るには、やっぱり自転車の手軽な機動力が大活躍。
それに、サドルの上であれこれ昔を想像しながら巡ると、なかなか痛快なんであります。
例えば、長山六郎右衛門なんて名前が出てきたりすると、すごい名前だな~、とか、どんな生活してたのかな?とか、伊右衛門飲みたい(←右衛門違い)なんて考えながら現地を巡ると、楽しみも膨らみます。
「空にまて春を廣ける雲雀かな」
なんて俳句が見つかったりすると、どんな気持ちで詠んだのかな?とか。
秋田は、冬に訪れると、とっても寒いんであります。自転車のBB裏に、ツララが出来たりする位ですから。暖房の「だ」の字も無い江戸時代なら、寒さも一層厳しかったと思います。きっと春の訪れの喜びは、現代よりもはるかに大きいものだったことでしょう。
遠方なので簡単に出かけることは出来ませんが、今年も再び秋田を訪ねることにしました。
今回のテーマは、私の四代前の高祖父の足跡巡り。
というのも、その高祖父が亡くなったのが
1911年8月30日
なので、2011年の今年がちょうど百周年の節目なんです。
この高祖父は、黒船来航の少し前、弘化元年(1844年)生まれ。名を長山永治といいまして、まあ今時でも違和感無い名前の方なんですが、明治維新の武士階級消滅に至るまでは現役の侍でありました。まさに長山家のラストサムライなんであります。
今回の旅路、まずはその高祖父が亡くなった秋田県内陸の阿仁合を目指して輪行します。
出立日は、狙って8月16日。なぜなら、ちょうど毎年この日、阿仁合で灯篭流しと花火大会が開催されているからです。
さて、今回はどんな旅路になることやら・・・?
つづく
長山 靖