昔話から教わる、しんどくなったときの秘術
2011-05-31 記
「小名浜の大泥棒」という昔話があります。
その泥棒、なんと福島県の小名浜から宮城県の仙台まで、夜な夜な歩いて泥棒に行っていたそうです。
夜、家族が寝静まった後こっそり抜け出して、仙台まで歩いて泥棒して、明け方帰ってきてそっと寝床に戻る。そして、家族が起きる頃に何食わぬ顔して一緒に起きる、という寸法。
そうして泥棒を繰り返していたが、仙台の医者に泥棒に入ったとき、看護婦に見つかって投げ飛ばされたそうな。「女に投げ飛ばされるなんて、おれも焼きが回ったな」って、とうとう自首した。
捕まって、「おまえいったいどうやって福島と仙台を歩いて行き来していたんだ?」と聞かれた泥棒の答えは、
「休み休みやっているから疲れないんだ」
右足、左足と、体のいろんな部分を交代で意識しながら歩いたのだという。
右足が疲れてきたら左足、左足が疲れたら右、いよいよ両足が疲れてきたら腰、次は首、と、疲れていないところに意識を集中する。そういうふうにやっていたから、スピードが落ちることなく、ずっと早足で行けたのだと。
この術、自転車やトライアスロンで使えるなあ!と思いました。ヒルクライムのとき、もし右足がピキッと来たら、「左足、頼むぞ!右足を休ませるのだ!」みたいに。
逆に、しんどくなったところに意識を集中すると、しんどさが増してしまうような気がします。攣りそうなところに意識を集中したら、まんまと攣ってしまったり。
なんだそんな単純なことかぁ、と思われがちですが、ここに登場する泥棒は手段こそ悪かったものの、生きるために真剣になって歩いていたでしょうから、そこから出た秘術というのはなかなか侮れません。
しんどくなったら、意識を他に向ける!一度お試しあれ。
ちなみにこの昔話、最後の結びに、この原理を人生にも応用してみては、とあります。何か悩みがあったとき、その悩みに集中してしまうと全部がしんどいということになってしまうが、しんどい部分以外に目を向けてみたらどうか、と。
昔話って、深いことを面白おかしく教えてくれて、実に偉大ですね!
長山 靖